吉本氏にインタビュー
吉本氏のキャリアとバックグラウンドについて
2011年にYahoo! JAPANに入社し、約2年間広告商品の企画を担当しました。その後、当時Yahoo!JAPANとの合弁会社であったカカオジャパンへサービス企画職として出向し、プロダクトマネージャー業務を行いました。その後、株式会社TimeTreeに入社。TimeTreeではプロダクトマネージャー業務とマーケティング業務を担当しています。
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ユーザーを観察し、誠実なマーケティングを心がける。世界中で利用されるカレンダーアプリTimeTreeのマーケティングで大切にしていること
TimeTreeについて
TimeTreeは2014年9月に設立。スマートフォンのカレンダーシェアアプリであるTimeTreeを展開、運営しています。TimeTreeは2015年3月にリリースし、ダウンロード数は3,500万を突破しています。ユーザーの6割〜7割が日本のユーザーで、残りの多くはドイツ・米国・台湾・韓国などで構成されています。2021年には日程調整サービスのTocaly(トカリー)を新規プロダクトとしてリリースしました。
現在の役割についてお聞かせください。
現在、担当している領域はプロダクトマネージャー業務とマーケティング業務を担当しています。プロダクトマネージャー業務に関してはプロダクトのビジョンを考えたり、解決すべき課題を特定しそれをプロダクトの仕様に落とし込んだりと様々なことを行っています。「TimeTree」では、新機能の追加やグロースの企画、また広告プラットフォームの「TimeTree Ads」や、外部公開APIを提供する「TimeTree API」の事業の立ち上げを行ってきました。直近では、日程調整にまつわる課題を解決するサービスとして「Tocaly」というプロダクトをリリースしそのプロダクトオーナーを担当しています。
マーケティング業務では「TimeTree」のマーケティング全般を担当しています。具体的にはオンライン広告とオフライン広告の両方を見ています。オンライン広告は基本的に自社でクリエイティブ制作を含めインハウスで運用し、マスに関しては代理店の方々と一緒に取り組んでいます。
TimeTreeで取り組まれてきたマーケティングについてお聞かせください。
TimeTree社でのマーケティングではオンライン広告とオフライン広告で担当を分けることなく統合して見ています。
オンライン広告はFacebookやInstagram、TwitterなどのSNSメディアを活用した運用型広告とwebメディアへの記事広告への出稿を中心に行っていました。
TimeTreeアプリをリリースして半年程度経った頃から徐々にFacebook広告や様々なバーティカルメディアへ記事広告の出稿を行いました。プロダクトをリリースして間もない頃は利用してくれるユーザーがまだまだ少ない状況なので、まずは少なくてもよいので正しく機能を理解し気に入ってくれるユーザーを増やしたいという考えがあり、より深く理解してもらえる記事広告を積極的に利用していました。
オフライン広告ではテレビCMや電車内に掲出される車両広告や駅貼り広告などの交通広告を活用してきました。
初めてテレビCMを実施した際には、まず福岡のみでテレビCMと車両広告でテストマーケティングを行ったのですが自分自身、福岡の土地勘がなかったので、車両広告の出稿やその他の広告媒体を調査のため実際に福岡まで行ってどのように広告が見られているのか観察したりしました。
その中で色々と気づきがあったのですが、例えば「TimeTree」は夫婦で共有して利用されることが多くその利用のきっかけは妻側が最初にダウンロードして夫側を招待することが多いことがわかっていました。そのため妻側を対象としてマーケティングをしたいと思っておりました。観察していく中で、車両広告でも中吊りなど目線より上の広告はあまり女性には見てもらいにくく、ステッカー広告のように目線と同じくらい位置にあるもののほうが、視認性が高いのではという感覚を掴むことができました。
このようにユーザー目線でマーケティングがうまく機能することを現場で確認することを大切にしていました。
広告出稿先の媒体選定はどのように行われてきたのかお聞かせください。
どの広告媒体に出稿するかについては、「TimeTree」のアプリ内でどういうメディアを見ているかアンケートを取ったり、アプリをヘビーに利用しているユーザーにインタビューをするなどして判断していました。
「TimeTree」は家族や恋人同士で共有して使われているということがアンケートからその傾向が把握でき、特に家族での利用で強い課題解決に繋がっていることがインタビューを通して理解できていました。そこでまずは家族利用をするユーザーをターゲットにしてマーケティングを開始し、そのようなユーザーが訪れやすいメディアに出稿していました。
特に初期は機能を正しく理解して使い始めてもらうため記事広告であったり、リーンバックの状態で広告を見てもらえるSNS広告を活用していました。
ユーザーへのアンケートやインタビューについて詳しく教えてください。
個人的にもユーザーインタビューは好きで積極的に行っています。アンケートデータだけを見ても家族でよく使われていることはわかりますが、なぜ使われているのか、またどういう場面で利用されているのかまではわかりません。
実際にユーザーにインタビューすると、例えば「妻は子供の授業参観を予定していたけど、夫は出かける予定を入れてしまいトラブルになった。それでTimeTreeを使い始めた」といったようなその背景にある行動が見えてきます。
インタビューで得たインサイトは重要なので、それらを社内で共有することを大切にしています。
ユーザーインタビューを実施する際は、まずGoogleフォーム等を利用して、デモグラフィック情報や、アプリの利用頻度、使う機能などのアンケート項目を作成して、アプリ内のお知らせからアンケートをお願いします。
その回答結果から、ヘビーに利用している方をフィルタリングしてどういう傾向があるのかを分析します。
そうすると「全体に対して家族利用や恋人利用の割合が多い」などの傾向を掴むことができます。このような方法で抽出された、ヘビーユーザーの方に対してインタビューのお声がけをするという流れです。
マーケターとしてのキャリアで成長を実感した経験についてお聞かせください。
マーケティングについてゼロベースで考える環境があったことが良かったと思います。どうしてもマーケティングでは獲得単価や認知率など担当している領域の部分最適化になってしまうことが多くあるかとは思います。
スタートアップという環境であったことも大きいと思いますが、継続利用してくれるユーザーを増やすという本質的なことからぶれず、そのためには何をマーケティングとして実行すべきか考えることができたのが良かったと思っています。
また、具体的な手法という観点では、キャッチコピーなどのメッセージ開発も試行錯誤しましたし、テレビCMは何もかもが初めてのことだらけでしたが、実施する目的やターゲット、KPI設計、打ち方のゾーニングやクリエイティブ制作、費用交渉など設計を一から組み立てて実行できたこともなかなか経験できない貴重な経験かなと思います。
また大きな会社であればデジタルの部署やマスマーケティングの部署が分かれていることがあり、それぞれの部署で部分最適に陥り、KPIがバラバラになったりすることがあると思います。
しかし、マスやデジタルといった区分とは関係なしに、ユーザーの体験を意識しながらそれらの流れに沿ってデジタルもマスも統一して設計できたことで、きちんとサービスを成長させるために必要な施策を考えられたのは貴重な経験でした。
小規模な企業やスタートアップ企業で働くことのメリットや醍醐味について教えてください。
ユーザーからの意見を反映させてすぐに検証するという、機動的な動きができることはスタートアップならではの醍醐味といえます。ユーザーインタビューをしている中で「その予定、前から言ってたじゃん!」というユーザーの声から、スケジュールを共有できていなかったことで家族内でのケンカやすれ違いが起きているという課題が浮き彫りになりました。
このユーザーの声を、そのまま「TimeTree」の広告のキャッチコピーとして採用しました。インタビューで得られた一次情報を生かしてそのままマーケティングに繋げられることは醍醐味だと思います。
オンライン広告の出稿や運用はインハウスでデザイナーと組んで進めています。
スピードが非常に速く、クリエイティブの交換やキャッチコピーの検証など、1週間も納品を待つことはありません。数時間後にはクリエイティブを入稿してすぐに検証することが可能なのでスピード感でも段違いに速いかと思います。
当初から海外展開は意識されていたと思いますが、ドイツや台湾での需要が伸びていた理由や、海外向けのマーケティングについてお聞かせください。
リリース当初から、リリースから半年か1年後くらいには、すぐに13ヵ国語程度の言語対応ができていたと思います。
サービスをリリースした初期から海外ユーザーはちらほらいましたが、中でもドイツからの利用が多かったです。
特にデュッセルドルフでの利用者が多く、この都市は日系企業が多く進出していると聞いたことがあるので、もしかしたら日本企業の駐在員に方から火がついたのではないかという仮説をもっています。
またこれらの国では口コミにより利用が拡大しているのですが、スケジュール管理などタイムマネジメントをきっちりしている国民性があるのかもしれません。他にもスイスやオランダといったドイツの近隣国でも人口自体は少ないものの人口に対しての普及率は比較的高く、アプリも家族で利用している傾向があります。これらの国では日本と同様の課題があるのではという仮説を持っています。
ドイツでは実際に現地に訪れて、ユーザーインタビューも行いました。日本と同じように、家族ですれ違いをなくしたい、子供の予定を夫婦で共有したいという理由で「TimeTree」が使われていることがわかりました。
また、台湾でもユーザーインタビューを実施しましたが、家族ではなく恋人と共有して使われていることが多かったです。おそらく、夫婦間ですれ違いを生むシチュエーションが他国に比べて少ないのが関係しているのではないかと思われます。
このようなインタビューで得られた一次情報をもとに、海外のアプリストアの文章はチューニングなどをしています。
日程調整サービスである「Tocaly」についてお聞かせください。
「Tocaly」は2021年夏にリリースした日程調整サービスです。社外の方と打ち合わせ等のスケジュール調整を行う際には、カレンダーから候補日時を抽出して、メールでそれを書き起こし、相手もそこから自分のカレンダーを見比べて日程を確定させるという、いくつものステップがある作業を行ってきました。
さらに全ての候補で都合が合わなければこのステップを一からやり直す必要があります。おそらくこの記事を読んでいる方もこの作業に面倒さを感じている方は多いのではないでしょうか。これらの課題を解決する日程調整サービスとして「Tocaly」をリリースしました。いくつか世の中に日程調整サービスがあり自分も使おうと思ったことはありましたが、どれも使い方が複雑で使うのが難しいと感じていました。
そこで「TimeTree」で培ってきたユーザー体験の考え方を生かして、簡単で直感的な操作性で日程調整ができるサービスであれば多くの方にとって利用しやすく、多くの方の不便の解決になるのではないかと考えています。
「Tocaly」は主にお仕事の日程調整で利用されることをメインに考えておりますので、Googleアカウント(Googleカレンダー)やMicrosoftアカウント(Outlookカレンダー)と連携ができるようになっております。そしてカレンダーから打ち合わせの候補時間を選びそれが反映されたURLを作成します。そのURLを調整相手に渡し、相手がそのなかから自分にあった時間を選べば完了です。複雑な事前設定は不要で、スプレッドシートやエクセルの操作の感覚で直感的にカレンダーから空き時間を抽出することができます。
また、予定があるところは候補時間から自動的に除外するようにしており、URLを受け取った相手は常に自分の最新の予定状態が反映された候補時間を見ることになります。そのため別の日程調整とダブルブッキングすることはなく、わざわざ自分のカレンダーに候補時間を仮押さえする必要もありません。
TimeTree社では「明日をちょっとよくする」というビジョンを掲げていますが、それを目指すということは「TimeTree」も「Tocaly」も同じです。「Tocaly」と「TimeTree」の2つを使いこなすことで、プライベートも仕事もスケジュール管理が完璧な状態になれば嬉しいかぎりです。
「Tocaly」や「TimeTree Ads」はBtoBのサービスですが、BtoCとBtoBのマーケティングにおける違いについてお聞かせください。
C向けやB向けのサービスの中でもプロダクトの種類は様々ですので一概に言えないところもありますが、BtoCに関しては、利用者が多くそこから取得できるデータ量も多いイメージを持ってます。そのためデータから何らかの傾向を導き出して仮説を立てていくということがやりやすい印象を持っています。マーケティングでもデータからターゲットを割り出したりとデータを中心に組み立ていくことができます。
一方、BtoBに関しては、toCに比べて利用者数がそこまで多くはないのでデータから何か仮説を作っていくのはtoCほどは使えないイメージです。一方、toBでは、toCに比べて導入までの変数が多いと実感してます。toCのように利用者とマーケティングを介してダイレクトなコミュニケーションができるわけではなく、導入意思決定者に対して「いかに安心できるか」「効果をイメージできるか」が重要になってくると思っています。
実績作りや評判などそれらを解消できる要素を集め、地道に支持者を集めていくイメージを持っています。また、最近では、toBでもPLG(Product-Led Growth)という戦略を採用するtoBプロダクトも多くなってきて、かなりtoCに近づいている印象があります。TocalyもPLG戦略で利用者を拡大していくことを目指しています。
マーケターとしてのキャリアを歩み始めた方や、これからマーケター職を選ぶ方へメッセージをお願いします。
私自身、様々なマーケティング業務を考えて実行してきましたが、ずっと心がけてきたことがあります。それはユーザーに誠実に接すること、そしてユーザーをよく観察することです。
例えば、ユーザーの行動の邪魔になるような広告はなるべく出したくないと考えています。それによるブランドの毀損もありますし、広告効果の面でも懐疑的に思っています。表面的な数値は高く出ていてもその代償はいつか来ます。
それよりも生活している中ですっと目に入ってくるような、そういう馴染みの良い広告の方が自然に頭に入ってきて記憶に定着しやすいのではないかと考えています。自分自身の経験からしても記憶に残っても体験が悪かった商品は試したくなくなります。そういうことは理解しているはずなのに目先の効果を追ってそれに反するようなアクションはやりがちなのでそうならないように心がけています。
そしてユーザーをよく観察することも重要です。ターゲットがどのように1日を過ごしていて、通勤時間には何をしているか、家に帰った後の行動など、生活の空気感を感じ取ることが大切だと思います。
もちろんCPI、CPAなどの数値を見ることも基礎的なスキルとして重要ですが、ターゲットをきちんと理解して、ターゲットになりきってしまうぐらいに入り込めると良いかと思ってます。
どういうシーンでどんなものに接触しているのか、そのタッチポイントやタイミング、その時の態度など理解の密度が格段に上がるはずです。そういう消費者の生活状況を把握して、その理解を拡大してマーケティングを実行していけると本質的なマーケティングにたどり着くのではないかと思ってます。